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ハドソン川(Hudson River)は、アメリカ合衆国の主にニューヨーク州を流れ、大西洋に注ぐ川である。河口付近ではニューヨーク州とニュージャージー州との境界になっている。ヨーロッパ人で最初にこの川を発見したのはイタリア人のジョバンニ・ダ・ヴェラザノで、1524年のことである。名前は1609年にこの川の探検を行ったヘンリー・ハドソンに由来している。
地理ハドソン川の公式の水源はアディロンダック山地の「雲の涙湖」Lake Tear of the Cloudsである。オールバニー付近で西からのモホーク川を合わせ、南に流れてスタテン島とロング・アイランドとの間でニューヨーク港を形成するニューヨーク湾に注ぐ。ニューヨーク市を流れるハドソン川はオランダ人がここを「北の川」(ノース・リバー)、デラウェア川を「南の川」と呼んだので、いまも「ノース・リバー」を冠した固有名詞がいくつか残っている。 ハドソン川は、かなりの部分が航行可能である。1825年12月26日にハドソン川とエリー湖とをつなぐエリー運河が完成し、五大湖周辺とヨーロッパ間が大西洋経由で繋がった。 橋とトンネル下流から上流へ向かって、
これから上流はオールバニー市内で、川幅も比較的狭くなるので、たくさんの橋がかかっている。 経済上流部のエリー運河の開削は、それまでの人馬による荷車での輸送に比べ輸送費用が大幅に削減されるなど流域の経済発展に著しく貢献した。反面、五大湖には生息していなかったヤツメウナギが運河によってハドソン川などから流出し、五大湖の生態系を崩す結果となった。 さらなる効率と大量輸送を求め、ニューヨーク・セントラル鉄道が川に沿って鉄道を敷設した。この路線で使用された車輪配置4-6-4の蒸気機関車は、川の名前から「ハドソン型」と呼ばれるようになり、車輪配置の名称として定着した。日本ではC62形蒸気機関車がこの軸配置の代表となり、この名称が日本のゲーム会社であるハドソンの会社名の由来ともなった。 結局、鉄道網は経済発展による貨物量の増加には対応できず、主に旅客を鉄道が扱うなど運河との住み分けがされた。この状況は後のトラック輸送が競合相手として加わるまで続いた。 関連項目
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