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司馬 遷(しば せん、紀元前145年 - 没年不詳)は、中国前漢時代の歴史家。姓は司馬。司馬氏は周代の記録係の家系であり、父は前漢の太史令となった司馬談。名は遷、字は子長。官名により太史公を自称する。娘婿は楊敞(昭帝丞相・安平侯)。『史記』の著者として、歴史家として、現代にまでその不滅の名を残した。
概要周代の記録係である司馬氏の子孫で、太史令の司馬談を父に持つ。その後自身も大史令を拝命、その職能、任務として、清時代まで使用された太初暦の制定を行なった。その後宮刑(下記参照)を受けるも、父の大志を受け継いで二十四史の第一に数えられる紀伝体の歴史書『史記』を完成させた。史記におけるその迫真の人物描写は『史記』に歴史文学としての評価をも与えた。 宮刑事件司馬遷は太史令の任にあった際、匈奴との戦いで敗北し匈奴へ投降した友人の李陵を、宮廷の中で唯一弁護したため武帝の逆鱗に触れ、即座に獄につながれ死刑を言いわたされた。だが、死刑を免れる方法として、多額の罰金を払うか、宮刑を受けて宦官になるかの二つの道があった。富裕でなく、且つ誰からの金銭的援助も得られなかった司馬遷は、恥を忍んで宮刑を受け、宦官となった。 性器を切り取るというこの残虐な刑罰は司馬遷に多大な衝撃と恥辱を与え、人生観を一変させた。2年後、屈辱を耐え忍びつつ宦官として宮廷に赴いて中書令となり、『史記』の執筆に全力を傾けた。 任安に与うる書史記列伝・最終巻の『太史公自序』には宮刑事件に関して、ほとんど触れられていない。だが、司馬遷のありのままの心境を綴った物として、友人の任安に宛てた手紙が漢書司馬遷伝に残されている。綴られた経緯と内容は以下に記す。 事件から幾年か後、司馬遷は、友人の任少卿が皇太子反乱事件に絡んで死刑を言い渡されたと伝え聞く。それより以前、任安から自分宛に、中書令になっても一向に賢人を推薦しない司馬遷を批判する内容の手紙が届いており、且つそれに返事をしていなかったのを思い出した司馬遷は、慌てて返事をしたためた。その書の中で、遷は自分の考えをのべている。以下概略・ 「本来自分は死を恐れない、あの事件の時、死を選ぶのは実に簡単な事だったが、もしあの時死んでしまっては自分の命など九頭の牛の一本の毛の価値すらなかった。死ぬことが難しいのではない、死に対処することが難しかったのです。自分が死んでしまえば史記を完成させることが出来ない、仕事が途中のままで終わるのを自分はもっとも恥とするところでした」と述べ、更に「そもそも宦官として生き恥を晒している自分が賢人を推薦するなど滅相も無いことであったのです。今の自分はただ、『史記』の完成のためだけに生き永らえている身であり、この本を完成させて原本を名山に納め、副本を世に流布させることが出来たなら、自分は八つ裂きにされようともかまいません。」 と記している。今まで返事をしていなかったのを、自分と同じ境遇に陥った任安に司馬遷は慌てて手紙をしたためた。 その時彼は何を思って手紙を書いたのであろうか。我々の想像を絶するところである。 この手紙(『報任少卿書』)は、名文として『文選』にも収録されている。 史記列伝司馬遷の「史記」において、司馬遷の考え方、思想がもっとも反映されているのが「史記」の列伝であると言われている。 そもそも「列伝」という、個人を主題とした歴史記述方法が、司馬遷独自のものであった(司馬遷以後中国の歴史記述方式のスタンダードが紀伝体となった)。なぜ司馬遷はこの様な記述形式を採用したのであろうか。「任安に与うる書」や「太史公自序」、「伯夷・叔斉列伝」等の司馬遷の言によれば、「残さなければ歴史の波の中に消えてしまう個人の業績・行動、善行・悪行を書き残すことが自分の使命だ」と述べている。 司馬遷は列伝を書くにあたって、最初に伯夷・叔斉を、次に管仲と晏嬰とを置いている(テキストによって順序の違い有り。史記索隠、史記正義本等においては老子列伝が巻頭である)。これら四人は、生きていた時代が古いから巻頭、という見方も出来るのだが、それだけではない。この4人は全て君主に対して強い諫言を行って、かつ君主に殺される事の無かった人たちなのであった。これらの古人と自分、古の君主と武帝を引き比べて思うところがあったのだろう。 とりわけ、伯夷・叔斉列伝における記述は列伝全体の冒頭を為す伝として、非常に格調高く、痛切な内容である。 司馬遷はこう書いている。
と。彼は怒りと情念を込めて、無名のまま死んでいった人々の代弁者として、歴史・人物を書き残すことの決意表明をそこに述べているのである。 生涯年譜(年齢、事跡と年代については異説が多数あり。没年不詳。)
主な参考文献
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