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唯識(ゆいしき、skt:विज्ञप्तिमात्रता vijJapti=maatrataa)とは、この世のあらゆる物や存在が、ただ心による作用で成り立っているという大乗仏教の見解の一つである。なお、西洋哲学でいう唯心論と似ているが最終的な部分で異なる(後述)。
概要唯識は、4世紀インドに現れた瑜伽行唯識学派(ゆがぎょうゆいしきがくは 唯識瑜伽行派とも)、という初期大乗仏教の一派によって唱えられた唯心論的傾向を持つ思想体系である。「唯識二十論」や「唯識三十頌」を著した世親(ヴァスバンドゥ)たちによって書物としてまとめられた。「唯識二十論」では「世界は個人の表象、認識にすぎない」と強く主張する一方、言い表すことのできない実体があるとした。「唯識三十頌」では、前五識(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)と意識のほかに末那識(まなしき)、阿頼耶識(あらやしき)という二つの深層意識層を想定し(八識説)、部分的に深層心理学的傾向や生物学的傾向を示した。 瑜伽行唯識学派は、中観派の「空 (くう)」思想を受けつぎながらも、とりあえず心の作用は仮に存在するとして、その心のあり方を瑜伽行(ヨーガの行・実践)でコントロールし、また変化させて悟りを得ようとした(唯識無境=ただ識だけがあって外界は存在しない)。 この世の色(しき、物質)は、ただ心的作用のみで成り立っている、とするので西洋の唯心論と同列に見られる場合がある。しかし東洋思想及び仏教の唯識論では、その心の存在も仮のものであり、最終的にその心的作用も否定される(境識倶泯 きょうしきくみん 外界も識も消えてしまう)。したがって唯識と唯心論はこの点でまったく異なる。 しかしてこの唯識思想は後の大乗仏教全般に広く影響を与え、最終的に識の奥底に仏性の存在を見出す論者も現れた。(如来蔵思想) 八識唯識思想では、とりあえず「識」(心)だけは仮にあるものと考えるところから始まる。
語源から見た唯識唯識は語源的に見ると、自己、および自己を取り巻く世界のすべての存在は、自己の根底の心(無意識)である阿頼耶識が知らしめたもの、変現したもの、という意味である[1]。 心の外に「もの」はない大乗仏教の考え方の基礎は、この世界のすべての物事は縁起、つまり関係性の上でかろうじて現象しているものと考える。唯識説はその説を補完して、その現象を人が認識しているだけであり、心の外に事物的存在はないと考えるのである。これを「唯識無境」(「境」は心の外の世界)または唯識所変の境(外界の物事は識によって変えられるものである)という。また一人一人の人間は、それぞれの心の奥底の阿頼耶識の生み出した世界を認識している(人人唯識)。他人と共通の客観世界があるかのごとく感じるのは、他人の阿頼耶識の中に自分と共通の種子(倶有の種子 くゆうのしゅうじ、後述)が存在するからであると唯識では考える(これはユングの集合的無意識に似ていなくもない)。 阿頼耶識と種子のはたらき人間がなにかを行ったり、話したり、考えたりすると、その影響は種子(しゅうじ、阿頼耶識の内容)と呼ばれるものに記録され、阿頼耶識のなかにたくわえられると考えられる。これを薫習(くんじゅう)という。ちょうど香りが衣に染み付くように行為の影響が阿頼耶識にたくわえられる(現行薫種子 げんぎょうくんしゅうじ)。このため阿頼耶識を別名蔵識、一切種子識とも呼ぶ。阿頼耶識の「アラヤ」という音は「蔵」という意味のサンスクリット語である。さらに、それぞれの種子は、阿頼耶識の中で相互に作用して、新たな種子を生み出す可能性を持つ(種子生種子)。 また、種子は阿頼耶識を飛び出して、末那識・意識に作用することがある。さらに、前五識(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)に作用すると、外界の現象から縁を受けることもある。この種子は前五識から意識・末那識を通過して、阿頼耶識に飛び込んで、阿頼耶識に種子として薫習される。これが思考であり、外界認識であるとされる(種子生現行 しゅうじしょうげんぎょう)。このサイクルを阿頼耶識縁起(あらやしきえんぎ)と言う。 最終的には心にも実体はないこのような識の転変は無常であり、一瞬のうちに生滅を繰り返す(刹那滅)ものであり、その瞬間が終わると過去に消えてゆく。 このように自己と自己を取り巻く世界を把握するから、すべての「物」と思われているものは「現象」でしかなく、「空」であり、実体のないものである。しかし同時に、種子も識そのものも現象であり、実体は持たないと説く。これは西洋思想でいう唯心論とは微妙に異なる。なぜなら心の存在もまた幻のごとき、夢のごとき存在(空)であり、究極的にはその実在性も否定されるからである(境識倶泯)。 単に「唯識」と言った場合、唯識宗(法相宗)・唯識学派・唯識論などを指す場合がある。 唯識思想の特色仏教の中心教義である無常・無我を体得するために、インド古来の修行方法であるヨーガをより洗練した瑜伽行(瞑想)から得られた智を教義の面から支えた思想体系である。
成立と発展唯識はインドで体系化され、中央アジアを経て、中国・日本と伝えられ、さらにはチベットにも伝播して、広く大乗仏教の根幹をなす体系である。倶舎論とともに仏教の基礎学として学ばれており、現代も依然研究は続けられている。 インドにおける展開唯識は、初期大乗経典の『般若経』の「一切皆空」と『華厳経』十地品の「三界作唯心」の流れを汲んで、中期大乗仏教経典である『解深密経(げじんみつきょう)』『大乗阿毘達磨経(だいじょうあびだつまきょう)』として確立した。そこには、瑜伽行(瞑想)を実践するグループの実践を通した長い思索と論究があったと考えられる。 論としては弥勒(マイトレーヤ)を発祥として、無著(アサンガ)と世親(ヴァスバンドゥ)の兄弟によって大成された。無著は「摂大乗論(しょうだいじょうろん)」を、世親は「唯識三十頌(ゆいしきさんじゅうじゅ)」「唯識二十論」等を著した。弥勒に関しては、歴史上の実在人物であるという説と、未来仏としていまは兜率天(とそつてん)にいる弥勒菩薩であるという説との二つがあり、決着してはいない。 世親のあとには十大弟子が出現したと伝えられる。5世紀はじめごろ建てられたナーランダ(naalanda)の大僧院において、唯識はさかんに研究された。6世紀の始めに、ナーランダ出身の徳慧(グナマティ、guNamati)は西インドのヴァラビー(valabhii)に移り、その弟子安慧(スティラマティ、sthiramati)は、世親の著書『唯識三十頌』の註釈書をつくり、多くの弟子を教えた。この系統は「無相唯識派」(nirakaravadi=yogacaara)と呼ばれている[2]。 この学派は、真諦(パラマールタ、paramaartha)によって中国に伝えられ、摂論宗として一時期、大いに研究された。 一方、5世紀はじめに活躍した陳那(ディグナーガ、dignaaga)は、世親の著書『唯識二十論』の理論をさらに発展させて、『観所縁論』(aalambanapariikSa)をあらわして、その系統は「有相唯識派」(saakaaravijJaanavaadin)と呼ばれるが、無性(アスヴァバーヴァ、asvabhaava)・護法(ダルマパーラ、dharmapaala)に伝えられ、ナーランダ寺院において、さかんに学ばれ、研究された。 中国・日本への伝播中国からインドに渡った留学僧、玄奘三蔵は、このナーランダ寺において、護法の弟子戒賢(シーラバドラ、ziilabhadra)について学んだ。帰朝後、『唯識三十頌』に対する護法の註釈を中心に据えて、他の学者たちの見解の紹介と批判をまじえて翻訳したのが『成唯識論(じょうゆいしきろん)』である。この書を中心にして、玄奘の弟子の慈恩大師基(もしくは窺基=きき)によって法相宗(ほっそうしゅう)が立てられ、中国において極めて詳細な唯識の研究が始まった。その結果、真諦の起こした摂論宗は衰退することとなった。 その後、法相宗は道昭・智通・智鳳・玄昉などによって日本に伝えられ、奈良時代さかんに学ばれ南都六宗のひとつとなった。その伝統は主に奈良の興福寺・法隆寺・薬師寺、京都の清水寺に受けつがれ、江戸時代にはすぐれた学僧が輩出し、倶舎論(くしゃろん)とともに仏教学の基礎学問として伝えられた。唯識や倶舎論は非常に難解なので「唯識三年倶舎八年」という言葉もある。明治時代の廃仏毀釈により日本の唯識の教えは一時非常に衰微したが、法隆寺の佐伯定胤の努力により復興した。法隆寺が聖徳宗として、また清水寺が北法相宗として法相宗を離脱した現在、日本法相宗の大本山は興福寺と薬師寺の二つとなっている。 教義仏教の教義の根本は、みずからがこの世を苦であると見るところから始まっている。それは、無常なものを常住であると見、無我であるものに主体があると見るところからくる。いずれも心の動きによって生じるものである。これを『華厳経』では次のように説いている。
この世界はただ識別 (vijJapti) にすぎない。外界の存在は実は存在しておらず、存在しているかのごとく現われ出ているにすぎない。識別とは、表象もしくは心のもつイメージであり、我々をとりまく存在すべては心のイメージの投影にすぎない。 その心の動きを「識 (vijJaana) の転変 (parinaaMa)」と言う。その転変には三種類あり、それは
の3である。識の転変は構想である。それによって構想されるところのものは実在ではない。したがってこの世界全体はただ識別のみにすぎない。 第一能変異熟というのは、阿頼耶識(根源的と呼ばれる識知)のことであり、あらゆる種子 (biija) を内蔵している。感触・注意・感受・想念・意志をつねに随伴する。感受は不偏であり、かつそれは障害のない中性である。感触その他もまた、同様である。そして、根源的識知は激流のごとく活動している。「暴流の如し」 第二能変末那識 (mano naama vijJaana) は、阿頼耶識にもとづいて活動し、阿頼耶識を対象として、思考作用を本質とする。末那識には、障害のある中性的な四個の煩悩がつねに随伴する。我見(個人我についての妄信)、我痴(個人我についての迷い)、我慢(個人我についての慢心)、我愛(個人我への愛着)と呼ばれる。なかでもとくに、当人が生まれているその同じ世界や地位に属するもののみを随伴する。さらにその他に感触などを随伴する。 この末那識は自我意識と呼んでもよい。つねに煩悩が随伴するので「汚れた意(マナス)」とも呼ばれる。 この末那識と意識によって、思量があり、その意業の残滓はやはり種子として阿頼耶識に薫習される。 第三能変了別とは、第三の転変であり、六種の対象を知覚することである。 六識は、それぞれ眼識が色(しき、ruupa)を、耳識が声を、鼻識が香を、舌識が味を、身識が触(触れられるもの)を、意識が法(考えられる対象、概念)を識知・識別する。そしてこの六識もまた阿頼耶識から生じたものである。そして末那識とこの六識とが「現勢的な識」であり、我々が意識の分野としているもので、阿頼耶識は無意識としているものである。 これまでの説明は、阿頼耶識から末那識および六識の生ずる流れ(種子生現行)だが、同時に後二者の活動の余習が阿頼耶識に還元されるという方向(現行薫種子)もある。それがアーラヤ(=蔵)という意味であり、相互に循環している。 識を含むどのような行為(業)も一刹那だけ現在して、過去に過ぎて行く。その際に、阿頼耶識に余習を残す。それが種子として阿頼耶識のなかに蓄積され、それが成熟して、「識の転変」を経て、再び諸識が生じ、再び行為が起ってくる。 三性このような識の転変によって、存在の様態をどのように見ているかに、3つあるとする。
遍計所執性とは、阿頼耶識・末那識・六識によってつくり出された対象に相当して、存在せず、空である。
依他起性とは相対的存在であり、構想ではあるが、物事はさまざまな機縁が集合して生起したもの(縁起)であるととらえることである。阿頼耶識をふくむ全ての識の構想ではあるけれども、すでにその識の対象が無であることが明らかとなれば、識が対象と依存関係にあるこの存在もまた空である。
円成実性は、仏の構想であり、絶対的存在とも呼べるものである。これは依他起性と別なものでもなく、別なものでもないのでもない。依他起性から、その前の遍計所執性をまったく消去してしまった状態が円成実性である。
三性のなかで、第一の遍計所執性はその性格からみて、すでに無存在である。つぎに依他起性は、自立的存在性を欠くから、やはり空である。また、同じ依他起性は存在要素の絶対性としては、第三の円成実性である。そして、どういう境地においても、真実そのままの姿であるから真如と呼ばれる。その真如は、とりもなおさず「ただ識別のみ」という真理である。これを自覚することが、迷いの世界からさとりの世界への転換にほかならない。 しかし、実践の段階において、「ただ識別のみ」ということにこだわってはならない。認識活動が現象をまったく感知しないようになれば、「ただ識別のみ」という真理のなかに安定する。なぜなら、もし認識対象が存在しなければ、それを認識することも、またないからである。それは心が無となり、感知が無となったのである。それは、世間を超越した認識であり、煩悩障(自己に対する執着)・所知障(外界のものに対する執着)の二種の障害を根絶することによって、阿頼耶識が変化を起こす(転識得智=てんじきとくち)。これがすなわち、汚れを離れた領域であり、思考を超越し、善であり、永続的であり、歓喜に満ちている。それを得たものは解脱身であり、仏陀の法と呼ばれるものである(大円鏡智=だいえんきょうち)。 修行の階梯唯識では成仏に三大阿僧祇劫(さんだいあそうぎこう)と呼ばれるとてつもなく長い時間の修行が必要だとされる。その階梯は、資糧位(しりょうい)、加行位(けぎょうい)、通達位(つうだつい)、修習位(しゅうじゅうい)、究竟位(くきょうい)の五段階である。 転識得智修行の結果悟りを開き仏になると、8つの「識」は「智」に転ずる。これを転識得智(てんじきとくち)という。
唯心と唯識「華厳経」では「唯心」という。また「唯識論」では「唯識」という言い方をする。その違いは何であろうか。 『華厳経』では、「集起の義」について唯心という。『華厳経』は、覚った仏の側から述べているので、すべての存在現象が、そのままみずからの心のうちに取り込まれて、全世界・全宇宙が心の中にあると言うのである。そこで、すべての縁起を集めているから「集起の義」について唯心と言うのである。 唯識論では、「了別の義」について唯識という。唯識では凡夫(われわれ普通の人間)の側から述べているので、人間のものの考え方について見ていこうとしている。すべての存在現象は人間が認識することによって、みずからが認識推論することのできる存在現象となりえているのであるから、みずからが了承し分別しているのである。そこで「了別の義」について唯識というのである。心ではなく、識としているのは、それぞれの了別する働きの体について「識」としているのであって、器官ではない。器官は存在現象しているものであるからである。 しかし、唯心といっても、唯識と言っても、その本質は一つである。詳しく分けて論ずれば、「唯心」の語は、修行する段階(因位)にも悟って仏になった段階(果位)にも通じるが、「唯識」と称するときには、人間がどのように認識推論するかによるので、悟りを開く前の修行中の段階(因位)のみに通用する。「唯」とは簡別の意味で、識以外に法(存在)がないことを簡別して「唯」という。「識」とは了別の意味である。了別の心に略して3種(初能変、第二能変、第三能変)、広義には8種(八識)ある。これをまとめて「識」といっている。 識と存在唯識といって、以上のように唯八識のみであるというのは、一切の物事がこの八識を離れないということである。八識のほかに存在(諸法)がないということではない。おおよそ区分して五法(五種類の存在)としている。(1)心、(2)心所、(3)色、(4)不相応、(5)無為である。この前の四つを「事」として、最後を「理」として、五法事理という。
さらに心を8、心所を51、色を11、不相応行を24、無為を6に分けて別々に想定し、全部で百種に分けることから、五位百法と呼ばれる。なお倶舎論では「五位七十五法」を説いており、それを発展させたものと考えられる。 解深密経以上の如く、この段階では三性としてまとめて整理記述しているわけではない。時代を下って『解深密経』(玄奘訳)では、諸法に三種の相があると説く。これは法が三種類あるということではなく、法は見る人の境地によって三通りの姿かたちが顕れているということである。
相は自性による、という間接的な表現となっているが、唯識の論書では、遍計所執性、依他起性、円成実性の三性という表現になり、精緻な論が展開されている。 三島由紀夫と唯識三島由紀夫の最後の作品となった『豊饒の海』4部作は唯識をモチーフの一つに取り入れている。 『暁の寺』で唯識についてかなり詳しく説明しているほか、『天人五衰』の最後で壮大なドラマをすべて脇役である本多繁邦の幻であったという結末にしている。 量子力学との類似性量子力学は微細な粒子の位置と運動量は同時に両方を正確に測定することができないと主張する(ハイゼンベルクの不確定性原理)。たとえば、『位置をより正確に観測する為にはより正確に「見る」必要があるが、極微の世界でより正確に見る為には、波長の短い光が必要であり、波長の短い光はエネルギーが大きいので観測対象へ与える影響が大きくなる為、観測対象の運動量へ影響を与えてしまうからである。』(不確定性原理) 外界が個人個人によって仮想されたものにすぎないとする唯識の思想と、観測の原理的な限界を観測者の立場から主張する現代物理学は、共通点があるという一説がある。その指摘に対し、量子力学は極微の世界を叙述したもので、ひとの日常生活には当てはまらないという考えもある。また一方、ひとの感覚は物理学の測定装置のようには正確でないので、ひとの認識手段である五感は個人個人によってときに大幅に違うという状態(測定誤差)を考慮する必要がある。結局、物理学における観測や哲学的な個人の認識に原理的な限界が常に付きまとうのは必然的であるとも考えられ、量子力学と唯識はこの点でも類似しているとも考察できる。唯識の思想が古代に発祥したにもかかわらず、現代物理学と「観測の限界」という点で共通点があるのは特筆に価する。 そのほか、光の粒子的、波動的な振る舞いと色即是空、空即是色の関連性、超弦理論と縁起の関連性を指摘する説などがあるが、そういった関連付けに批判もあり、さらなる特殊な専門分野を超えた十分な理解と検討が必要である。 参考図書
脚注
関連項目
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