宇久氏

宇久(うく)氏は、上松浦党肥前国宇久島より起こる。

壇の浦の合戦後に伊勢平氏の一族で平清盛の弟家盛が宇久島へ上陸し、同島の領主となって宇久次郎と名乗り宇久氏を興したともいう。旧宇久町(2006年に佐世保市に編入合併される)ではこちらの説に従い「平家の里」をキャッチフレーズとして町おこしに取り組んでいた。この他にも清和源氏の武田信弘が宇久島へ渡り築城して宇久家盛を名乗ったという説もある。

宇久氏は鎌倉時代から戦国時代にかけて宇久島から五島列島全域に支配を広げていった。玉之浦納の反乱により一時衰退するも、宇久盛定松浦氏の援助により中興を果たす。盛定の跡は子の宇久純定が継いだが、純定は晩年にキリスト教への傾倒を強め、子の宇久純尭キリシタン大名「ドン・ルイス」となる。純尭自身は熱心なキリシタンであったが、キリシタンへ反発する家臣との対立が次第に強まっていく。

純尭の子の宇久純玄(五島純玄)は一転してキリシタンに対する弾圧者に転じる。純玄が五島姓を名乗り、以後は五島氏となった。純玄が急死した後は叔父の五島玄雅が継承し、五島氏は江戸時代を通じて福江藩として続いた。

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