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本線(ほんせん)は、富山県富山市の電鉄富山駅と富山県黒部市の宇奈月温泉駅とを結ぶ富山地方鉄道の鉄道路線である。
路線データ
運行形態電鉄富山 - 宇奈月温泉間の列車が30 - 60分間隔で運行。朝の上りのみ快速急行も運行される。他にも、電鉄富山 - 上市・電鉄黒部間の区間運行がある。立山線の列車も電鉄富山 - 寺田間に乗り入れる関係で、同区間はほぼ終日にわたって10 - 20分間隔で運行されており、かなり利便性は高い。 2007年3月26日には、約3年ぶりにダイヤ改正が行われ、平日の電鉄富山 - 上市間の運行本数が10本増発、改正前まで滑川止だった列車など20本が電鉄黒部まで延長運転されることになったほか、終電時間も一部改正された。 特別急行列車電鉄富山 - 宇奈月温泉間に特急「うなづき」も運行されている。寺田 - 宇奈月温泉間には、冬期を除き立山線から「アルペン特急」が乗り入れる。 両者とも乗車に際して特別急行券を必要とする。 以前は国鉄・JR西日本や名鉄から富山より特急・急行列車が乗り入れていた時期があった。例えば1990年代ではJR西日本から特急が立山発着のものは「スーパー雷鳥・立山」、「サンダーバード立山」、宇奈月温泉発着のものは「スーパー雷鳥・宇奈月」、「サンダーバード宇奈月」と称して乗り入れていた。また、1970年 - 1983年には名鉄 - 国鉄 - 富山地方鉄道と3社直通運行で特急「北アルプス」が立山まで乗り入れていた。 特急「うなづき」電鉄富山駅 - 宇奈月温泉駅間を運行する特別急行列車の列車愛称として、「うなづき」の名称が与えられている。 車両富山地方鉄道#車両を参照 歴史立山鉄道現在の本線の路線で最初に開業したのは、滑川駅 - 上市駅(後の上市口駅。現在の上市駅の西方)であった。立山軽便鉄道が1911年(明治44年)に滑川駅 - 五百石駅間の免許を受け、1913年(大正2年)に開業した。中越鉄道(現在のJR城端線など)に次ぐ県内2番目の鉄道であった。1917年(大正6年)に立山鉄道に改称した。立山鉄道の路線は、軌間762mmで蒸気を動力とする軽便鉄道であった。
黒部鉄道電鉄黒部駅(当初は西三日市駅) - 宇奈月温泉駅(当初は桃原駅)間は黒部鉄道の路線であった。1922年(大正11年)に三日市駅(現在のJR黒部駅。地鉄の駅は現在廃止) - 下立駅間、1923年(大正12年)に下立駅 - 桃原駅(現在の宇奈月温泉駅)間、1930年(昭和5年)に三日市駅 - 石田港駅間が開業した。この路線は開業当初から1067mm軌間の電化路線(直流600V)であった。
富山電気鉄道上記2社が敷設した路線以外は富山電気鉄道が開業した。 大岩鉄道が持っていた富山市東田地方(ひがしでんぢがた) - 五百石 - 大岩の敷設免許を、経由地を上市に変更して受け継いだ。本来、大岩不動への参詣鉄道というローカルな需要のみを目的とした計画が、高速電車による都市間連絡鉄道という、より将来性のある方向へ転換されたものである。これは地元富山県出身の重役である佐伯宗義(1895-1981 後に富山地方鉄道会長)による着想であった。佐伯は当時30代前半の若手経営者であったが、それ以前に福島県内の赤字軽便鉄道であった信達軌道(のちの福島交通)を電化・改軌して経営立て直しに成功した実績があり、特に招聘されて経営に参画していたものであった。 第一期事業として電鉄富山駅 - 上市駅・寺田駅 - 五百石駅の工事に着手した。
富山電気鉄道は第二期事業として滑川駅 - 三日市駅間を延伸し、黒部鉄道との連絡をとろうとした。しかし、この区間は国鉄北陸本線と完全に並行することから、監督官庁である鉄道省は難色を示した。 これに対し、佐伯宗義ら富山電鉄側は「国鉄線は広域輸送を行い、私鉄線は局地的輸送を行うもので、その目的が異なる」と主張、「並行すれども競争せず」という論理で鉄道省を押し切って免許を獲得した逸話がある。
富山地方鉄道本線1943年(昭和18年)1月1日の交通大統合により、富山県内の全鉄道会社が富山電気鉄道を中心とする富山地方鉄道(地鉄)に統合され、富山電気鉄道線および黒部鉄道線は同社の路線となった。旧黒部鉄道の路線は600Vから1500Vに昇圧され、電鉄富山駅からの直通運転が開始された。
駅一覧
●はすべて停車、▲は一部停車、|↑は通過、↑は片方向のみ運転。普通列車は各駅に停車。 ※新黒部駅(仮称)は2014年度開業予定。 参考文献
関連項目 |
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