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小田原駅(おだわらえき)は、神奈川県小田原市栄町一丁目、城山一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・小田急電鉄・伊豆箱根鉄道・箱根登山鉄道・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅である。
概要旅客営業を行う5社とも同一駅構内に収まっている。旅客駅のみであるが同一駅構内の乗り入れ鉄道事業者数5社は日本最多である(詳しくは交通に関する日本一の一覧を参照)。 神奈川県西部の拠点駅であり、いずれの路線も当駅終着・始発の列車が多い。 小田急電鉄の管区長・駅長所在駅。小田原管区として鶴巻温泉 - 小田原間を、小田原管内として開成 - 小田原間を管理している。 JR貨物の貨物駅であり、定期貨物列車の設定はないものの、伊豆箱根鉄道大雄山線の車両の定期検査を同社の大場工場で行う関係上、甲種車両輸送列車の発着がまれにある(伊豆箱根鉄道大場工場も参照)。1994年までは、小田急電鉄や箱根登山鉄道の車両の搬入や搬出が当駅で行われた(その後松田駅 - 新松田駅を結ぶ連絡線に変更)。1984年1月までは小田急電鉄との貨物列車の連絡があった。 利用可能な鉄道路線駅構造小田原駅ホームの番号設定は、乗り入れている鉄道事業者すべてに通しで振られている。 南側から次のようになっている。
高架駅の新幹線以外は地上駅である。JR東日本・小田急・箱根登山鉄道は地上3階、JR東海は地上1階、伊豆箱根は地上2階にそれぞれ改札口・駅事務室がある。 2003年3月30日に橋上駅舎が完成し、同年12月20日に東西連絡通路(愛称:アークロード)が完成した。これにより在来線と新幹線の連絡通路が完成し、東口・西口間の通行が可能になった。東西自由通路は16メートルの広い幅の通路でエスカレータ・エレベーターが設置されている。自由通路内には小田原市の観光案内所がある。 2005年6月25日には旧駅舎の跡地に地上5階地下1階の駅ビルが完成し、地上1 - 5階は「小田原ラスカ」としてオープンした。駅ビルの完成に合わせて、東西バスターミナルのレイアウトが変わり、ペデストリアンデッキが設置された。バリアフリーの観点からはエスカレータ・エレベーター・多目的トイレが各鉄道事業者の駅に設置されている。2005年現在、駅ビルの隣接地にて再開発(地上8階地下1階建てのビル建設予定)が進められている。 小田急と箱根登山鉄道は同じ改札口である。改札上の高い天井からは童謡『おさるのかごや』でも登場する巨大な小田原ちょうちん(巨大すぎて折りたたむことはできず、安全上ワイヤーで横から固定されている)がぶら下げられ、近代的な駅構内のアクセントとなっている。 伊豆箱根鉄道
伊豆箱根鉄道は地上にある2面2線頭端式ホームを使用している。1番線のみ降車専用ホームがある。ダイヤ上、列車は1番線と2番線を交互に発着している。 のりば
駅構内設備駅舎は独立した建物になっており、駅の2階にあたる。コンコース内に多目的トイレがある。売店は改札内にあり、駅3階には系列の旅行会社がある。東西自由通路との連絡通路がある。 JR東日本
地上にある2面4線の島式ホームを使用している。熱海方に貨物線2線・留置線2線がホームに平行して通っている。鶴見駅から続く東海道貨物線との複々線区間の終端であり、当駅以西は旅客列車・貨物列車とも同一線路を走行する。 東海道線普通列車の東京駅発着列車の約3分の1は当駅始発・終着である。一部の上り快速「アクティー」は当駅で始発の普通列車に接続する。一部の上り快速「アクティー」・特急「踊り子」の前を走る普通列車は当駅で快速「アクティー」・特急「踊り子」の待ち合わせをする。また、熱海発の上り普通列車が当駅始発の快速「アクティー」や湘南新宿ライン特別快速との接続を取ることもある。一部の列車は当駅で特急列車の通過待ちも行う。湘南新宿ラインと通勤快速の終着駅である。 特急は、「踊り子・リゾート踊り子」の全列車が停車し、「スーパービュー踊り子」は一部の列車が停車する。また朝に限り「湘南ライナー・おはようライナー新宿」の通勤列車が運行され、夜間は「湘南ライナー・ホームライナー小田原」・通勤快速の終着駅である。深夜には「ムーンライトながら」が停車する。下り快速「アクティー」は当駅から先は各駅に停車するが、かつては早川・根府川を通過する列車も設定されていた。 かつては、当駅で下り普通列車の付属編成切り離しや、上り普通列車の増結が行われていた。東京方に、付属編成用の引き上げ線2線が存在するが、使用停止となっている。 のりば
駅構内設備エレベーター・エスカレータはすべてのホームに設置。トイレはコンコース内に多目的トイレがある。売店は、「レッツキヨスク小田原1号店」「NEWDAYS mini小田原1号店」がホーム東京方、弁当売店が各ホーム真ん中よりにある。JR東海東海道新幹線との連絡通路があり、この通路ではしばしばJR東日本駅員によるJR東海の新幹線自由席特急券の臨時販売所が設置される(委託手数料収入の増収を図るもの)。改札口はSuica専用通路が中ほどにあり、発車標は湘南新宿ライン専用も設置されている。みどりの窓口・びゅうプラザも併設。全ホームが15両編成対応である。 小田急電鉄・箱根登山鉄道
小田急電鉄・箱根登山鉄道の共同使用駅で、小田急電鉄の管理駅である。 2008年3月より、2面3線の島式ホームとなる7 - 10番ホームと、1面1線の頭端式ホームとなる11番ホームが組み合わさっており、ホームに平行して北側に留置線が1線ある。ホーム4線のうち中側2線は行き止まりの頭端式で、特に箱根登山鉄道側の11番ホームにかかる線路は7・8番ホームに入り込んでおり、このため7番ホームの一部と11番ホームは切り欠きホームという特殊な構造となっている。これによりすべてのホームは地上でつながって乗換えを容易にしており、バリアフリーの配慮もされている。 ホームの発車合図音は、7・11番線ホームでは『箱根八里』の発車メロディ、9・10番ホームは発車ベルが使用されている。9・10番線は以前は駅員操作であったが、その後自動制御に変更されたため流れる長さが決まっている。ただし必要に応じて駅員が操作することがある。かつては旧11・12番線ホーム側においても『箱根八里』の発車メロディが流れていたが、こちらは最後まで流れていた。 当駅からの箱根登山線は、すべて小田急の車両が使用されており、箱根湯本発着系統のみである。したがって、強羅方面へは箱根湯本での乗換が必要となる。また、一部の特急ロマンスカーについては当駅で切り離しや連結が行われる。2008年3月15日ダイヤ改正より、小田急線から箱根登山線への直通列車は、4両編成の各駅停車および特急ロマンスカーのみとなった。 かつては箱根登山線に乗り入れる特急ロマンスカーには、当駅から乗車することはできず、案内表示にも「当駅からのご乗車はできません」とだけ表示されていた。その後、2005年10月1日から、発車直前に係員がホーム上で発売する「座席券」(発売額は大人200円、子供100円。座席は指定されない)を購入することで、スーパーシート・セミコンパートメント席・サルーン席を除いた座席への着席が可能となり、案内表示にも時刻が表示されるようになった。ただし、対象列車が満席の場合は「座席券」は発売されない。これは箱根湯本駅から当駅まで特急ロマンスカーを利用する場合も同じである。この「座席券」は「特急券」ではなく、特急料金も設定されていない。 のりば
駅構内設備エレベーター・エスカレータはすべてのホームに設置。トイレはコンコース内に多目的トイレがある。売店は、自由通路上にOX SHOPがあり、ホームにはOX SHOPが2店舗と箱根登山鉄道の売店がある。自由通路・コンコースいずれにも面した場所に、系列飲食店がある。待合室は各ホーム箱根板橋寄りにある。ちなみに待合室はドーム屋根下に位置するが、瓦屋根となっており城下町をイメージさせる。以前の狭隘であった改札口も、新駅舎になり広くなった。 7 - 10番ホームはすべて10両対応で、7・10番ホームには増解結時の分割案内板が設置されている。改札内に自動体外式除細動器 (AED) が設置された。 JR東海
高架上にある2面2線の相対式ホームを使用している。ホームの間に2線の通過線がある。「こだま」と1日15本の「ひかり」が停車する。 のりば
駅構内設備エレベーター・エスカレーターはすべてのホームに設置されている。トイレはコンコース内に多目的トイレがある。各ホーム中央部と東京寄りにキヨスクが、またコンコース2階にある待合室にも売店がある。改札の外には飲食店・コンビニエンスストア・書店がある。東海道本線との連絡通路がある。 駅構内の店舗
利用状況
乗降人員の推移(小田急電鉄)
1991年度以降、乗降人員は減少傾向にある。 駅周辺
北条早雲の像。小田原駅西口前のロータリー付近にある。
東口(表口)駅周辺は、神奈川県の西湘地区を代表する市街地であるが、商業施設の撤退が相次ぎ、市街地の発展に陰りが出ている。再開発として駅ビルに隣接して地上8階地下1階の複合ビルが建設決定、2008年開業予定。 駅開設前の1901年に、この付近に神奈川県第二中学校が開校した。同校は駅開設に伴って、1914年に北西の八幡へ移転し、現在の神奈川県立小田原高等学校となった。現在、駅東口には「小田原高等学校発祥之地」の石碑が建っている。 司法行政学校観光商業施設郵便局・銀行その他
西口(新幹線口)行政学校
郵便局
企業その他路線バス東口1番乗り場 2番乗り場 3番乗り場 4番乗り場
5番乗り場
6番乗り場
7番乗り場
8番乗り場 西口1番乗り場
2番乗り場
3番乗り場
4番乗り場
5番乗り場
小田原駅西口前
歴史小田原は、中世に東海道五十三次のうち、江戸より数えて第九の宿場が置かれ、交通の要所として栄えた町であった。しかし、1889年(明治22年)、箱根八里の険阻なるを嫌い、東海道本線が現御殿場線の経路をもって開業すると小田原宿は凋落の途を辿ることになる。東海道本線の開通に先立ち、1888年(明治21年)、国府津より小田原を経て箱根湯本へと馬車鉄道が開業して『鉄道唱歌』に「国府津降りれば馬車ありて酒匂小田原遠からじ」と歌われこそしても、交通の動脈を外れた小田原宿の衰退は抗いようがなく、110軒を数えたとされる旅籠が次々と廃業に追い込まれた。小田原において必死な鉄道誘致がなされたことは必然のことである。 1920年(大正9年)、果たして地元の熱意が実ったか、国府津 - 熱海間に熱海線が開業し、ついに東京・横浜より小田原へ直接列車が乗り入れることとなる。これにより、箱根観光や湯治の拠点として、町は地位を回復するに至ったのである。そのため熱海線の開業日は町を挙げての祝賀行事が催され、並走区間を廃した小田原電気鉄道(1900年(明治33年)に馬車鉄道から路面電車に転換)さえも花電車を走らせて熱海線開業を祝った。 熱海線は、丹那トンネル開削によって勾配のきつい御殿場経由から熱海経由へ東海道本線のルートを切り替え、輸送力の増強を目指したものの内、一部区間が暫定開業したといえるものであった。昭和に入り、小田原急行鉄道(現・小田急電鉄小田原線)が開業し、さらに丹那トンネルの開通で熱海線が東海道本線に昇格すると、その地位はさらに高まった。その後大雄山鉄道(現・伊豆箱根鉄道大雄山線)・箱根登山鉄道の構内乗入れと東海道新幹線の開業、さらに国鉄分割民営化を経て5社が同一構内に収まる形態となり現在に至る。 年表
隣の駅
関連項目外部リンク
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