肥後

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肥後国位置図

肥後国(ひごのくに)は、かつて日本の地方行政区分だったの一つである。西海道に含まれ、領域は現在の熊本県に相当する。延喜式での格は大国、遠国。

目次

沿革

国(のくに)、後ののくに)の分割によって7世紀に成立した。初見は持統天皇10年 (696年) であり、この時までに肥前国と肥後国が成立していたと推定される。

国府・一宮など

国府は、和名抄では益城郡、伊呂波字類抄および易林本の節用集では飽田郡、拾芥抄では益城郡と飽田郡の両方に国府と記載ある。

延喜式神名帳には以下の大社1座1社・小社3座3社の計4座4社が記載されている。

一宮は健磐竜命神社(現 阿蘇神社)である。二宮は甲佐神社上益城郡甲佐町)であるが、平安時代後期には阿蘇神社の末社となっていた。三宮は藤崎八旛宮とされるが、明証はない。総社は北岡神社(熊本市春日)境内社の総社神社である。

守護

鎌倉幕府

室町幕府

国司

※日付=旧暦

肥後守

  • 松平容保(1852年<嘉永5>閏2月25日~1867年<慶応3>4月23日)従四位下→正四位下

肥後介

関連項目

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