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GNU General Public Licenseはコピーレフトのソフトウェアライセンスの代表的なものである。GNU GPLまたは単にGPLと略される。Free Software Foundation(以下FSF)によって公開され、維持されている。
主な特徴GPLは、プログラムの著作物の複製物を所持している者に対し、概ね以下のことを許諾するライセンスである。
GPLと、より制限の緩いフリーソフトウェア・ライセンス(BSDライセンスなど)との間の主な違いは、GPLが派生的著作物[2]についても、上記の4点の制約を保存しようとする点である。この仕組みはコピーレフトと呼ばれ、GPLでライセンスされた著作物は、その派生的著作物に関してもGPLでライセンスされなければならない。これは、BSDライセンスが、派生的著作物を独占的なものとして再頒布することを許しているのとは対照的である。 歴史GPLは1989年にリチャード・ストールマンによって、GNUプロジェクトのソフトウェアの配布を目的に作られた。 当時、ストールマンはマサチューセッツ工科大学人工知能研究所で Symbolics社製の Lispマシン で動くソフトウェアを開発していたが、ストールマンが Symbolics 社に対して提供したソースコード(ストールマンが作ったものであるが、パブリックドメイン版であるもの)の改変版について、同社が著作権を根拠にソースコードを開示しなかったことに腹を立て GPL を思いついたといわれる。初期のGNU Emacs は GPL と似通ったライセンスを使っていた。 ストールマンは、ソフトウェアに対する自由とは何かという問題を提起し、その答えのひとつを提示した。有用で自由なソフトウェアを(有償や無償で)配布したという単純な意味だけでなく、ソフトウェアは自由であるべきという思想が存在することを認知させたという意味で、意義がある。 バージョン1GNUプロジェクトの一部としてリリースされたプログラムに使うため、リチャード・ストールマンによりGPLが執筆された。初期のGNU Emacs、GNUデバッガ、GNU Cコンパイラで使われていた同様のライセンス群を統合したものが、その元になっている。これらのライセンスには、現在のGPLと同様の条項があるが、各プログラムに限定されていたので、同じライセンスであっても互換性がなかった [3]。 ストールマンの目標は、あらゆるプロジェクトで使える、すなわちコード共有のため多くのプロジェクトで使えるライセンスの作成であった。これは、1989年1月にリリースされたGPL初版となった。 バージョン21990年までには、一部のソフトウェア・ライブラリに対して制限の緩いライセンスのほうが戦略的に有効なことが、明らかになってきた。1991年6月にGPL第2版がリリースされたとき、第2のライセンス、つまりLibrary General Public License (LGPL) が、(相補的なことを示すため第2版として) 同時に導入された。GNUの哲学における位置づけを反映させるため、Lesser General Public Licenseと名を変え、1999年、LGPLの2.1がリリースされた。 リチャード・ストールマンによれば、GPLv2で最大の変更は第7節、彼に言わせると「自由かしからずんば死」の文節である。他の利用者の自由を尊重するような方法でのGPLで保護されたソフトウェアの頒布が禁止されるような場合(たとえば、法的規制によりソフトウェアをバイナリー形式でしか頒布できないとき)、この節に従えば、頒布は一切できない。 バージョン32007年6月29日(米国時間)Free Software Foundation(FSF)がGPL3を発表した。 GNU GPL3 は、ソフトウエアの権利、義務、プログラム提供者のもつ特許の使用など基本理念を明文化したライセンス体系となっている。 初稿で提案された重要な変更のストールマンによる要約には、ソフトウェア特許、フリーソフトウェア・ライセンス、両立性、ソース・コードの定義、 "DRM" (デジタル著作権管理) がある[4]。その他の目立った変更には、「TiVo化」への防御、貢献者による追加の制限や要件がある。このなかに、ときどきAffero節とも呼ばれる追加制限がある。このねらいは、ウェブ公開のループホールを埋めることで、この追加制限の許可は、AGPLと両立するようなGPL3の修正の許可を意味する。 2006年1月、FSFはGPLの変更を視野に入れた公開協議を始めた。このプロセスは、Free Software Foundation、Software Freedom Law Center、Free Software Foundation Europeらでまわされている。 "gplv3.fsf.org" のウェブ・ポータルで公衆からのコメントを集めている。このポータルは、 stet(校正で朱書きするイキのこと) で書いてあるソフトウェアで目的を果たしている。 GPLv3の初稿 は、2006年1月16日に公開された。v2とv3の非公式な差分(diff)が、 Groklaw により公開された[5]。初稿と第2稿の差分は、FSF [1] とFSFE [2] にある。 2006年7月27日、GPLv3の討議用草稿第2稿が、LGPLの第3版初稿とともにリリースされた[6]。 2007年5月31日、最終稿となる草稿第4稿がリリースされ[8]、Apache Licenseとの互換性などが導入された。 1年にもおよぶコンサル・プロセスで、公式ウェブ・ポータルには数百人からのコメントが寄せられた。それ以外の人々、特にLinuxカーネルの開発者らは、マス・メディアにコメントを寄せ、討議用草稿初稿、第2稿への反対意見を表明した[3]。リチャード・ストールマンは、2007年初めにも収束すると期待していた[9]。 条項と条件GPLは、ソフトウェアの利用者に対し無制限に再頒布権を与えているわけではない。再頒布権が与えられるのは、頒布物にあらゆる修正を含めたソースコードを含んでいるか、ソースコードを提供する旨の法的申し出が添えられているときだけである。 この要件は、コピーレフト (copyleft) といって、プログラムが著作権の対象になり、かつ著作権者が他者に対して権利を設定できることが法的に認められているという事実から、その法的な効力を得ている。通常はGPLで認められた場合を除き、利用者には再頒布の権利がない。そのため、著作権者以外が再頒布を行うには、GPLの条項に従うことが必要になる。逆に、GPLの条項を守らずに (たとえばソースコードを秘密にしたまま) 複製物を頒布すると、著作権者から頒布の差止を求められる場合がある。 コピーレフトは、著作権法を通常使用される目的とは反対の目的を実現するために用いている。制限を課す代わりに、権利が後でなくならないような方法で、他の人へ利用を許諾する。そのため、GPLは"copyright hack" だといわれる。 多くの場合、ソースコードと実行ファイルは同時に頒布されている。コピーレフトを満たすもう一つの方法は、(CDのような) 物理媒体でソースコードを提供する旨の書面を出すことである。インターネットでの頒布は、ライセンスに適合する。 コピーレフトは、だれかがプログラムを再頒布しようとするときにだけ適用される。私的な修正版を作ることはだれにも許されていて、修正版を頒布しない限り、修正されたソースコードを開示する義務はない。コピーレフトは、ソフトウェアに適用されるだけで、その出力にではない (出力自体がプログラムから派生したものでなければ)。たとえば、GPLにされたCMS (content management system) を修正した派生版で動いている公開ウェブ・ポータルは、土台としたソフトウェアを頒布する必要はない。GPL第3版ではこの規定の改定が提案されている。 なお、GPLのもとでリリースされたプログラムの著作物の著作権は、譲渡行為が無ければ個々のコードの著作者が保有している[10]。GPLを無視した再頒布に対して、頒布の差し止めやGPLの強制などを請求する権利があるのは、通常著作権者だけであり、一般の利用者にはない。 GPLの両立性オリジナルのMIT/X license、(現行の3文節のかたちの)BSDライセンス、LGPLといった、よくあるフリーソフトウェア・ライセンスのほとんどは、「GPLと両立する」。つまり、矛盾なくコードとGPLのプログラムを組み合わせることができる (新しい組合せ全体には、GPLが適用される)。だが、一部のオープンソース・ソフトウェア・ライセンスは、GPLと両立できない。オープンソース・ソフトウェアの開発者が、GPLと両立するライセンスだけを用いるのは、さもないと大きなソフトウェア全体の再利用が難しくなるからだ、と強く主張する人は多い。 両立する、しないライセンスの例は、ソフトウェア・ライセンス一覧を参照。 普及度GPLはフリーあるいはオープンソース・ソフトウェア用として圧倒的な人気がある。2006年1月の時点で、Freshmeatに載っている41,962のフリーソフトウェア・プロジェクトのうち66%近くが、SourceForge.netに載っているプロジェクトの約68% が配布ライセンスとして GPLを使用している(これらのサイトを運営しているのは Linux とGPLに造詣の深い企業 SourceForge社である)。同様に2001年の調査では、Red Hat Linux 7.1 に使われているソースコードの 50% が GPLでライセンスされており、最大のソフトウェア・アーカイブをもつMetalabの1997年の調査では、約半数を GPL のソフトウェアが占めていた。 GPLでライセンスされている傑出したフリーソフトウェアのプログラムには、Linuxカーネルや GNUコンパイラコレクション (GCC) がある。 他の一部のフリーソフトウェア・プログラムは、デュアルライセンスされているが、その中にはライセンスの一つがGPLなこともよくあり、「デュアルライセンスはもっと広まる」と独立ソフトウェア・コンサルタントのTed Rocheは指摘している[11]。この方法だと、GPLを適用しないまま派生物を頒布することを認めることが出来る。これは、派生物に有償の商用ライセンスを適用することも可能にする。 GPLに関連した議論派生的著作物の取扱いGPLのように派生的著作物にも適用されるライセンスは、独占的なソフトウェアを開発する企業や、他のライセンスを支持するソフトウェア開発者から「感染(ウイルス)性」のライセンスと呼ばれることがある。リチャード・ストールマンやコピーレフトの考え方を支持する人々は、これは自由を守るために必要なことだと主張しているが、この強い制約を嫌う人もいる。これは、派生的著作物への制限が少ないBSDスタイル・ライセンスとGPLとの間の哲学的違いに基づく。 GPLの支持者が「フリーソフトウェアの自由が派生的著作物でも保存されることを、フリーソフトウェアが保障すべき」と確信する一方、そうでない人々は「フリーソフトウェアは、その再頒布にあたって利用者に最大限の自由を与えるべきだ」という。 2001年、Microsoft CEOのスティーブ・バルマーは、Linuxのことを「知的所有権の意味で、触るもの全部にくっつく癌」と呼んだ。[12] MicrosoftがGPLを好きでない理由は、「取り込み、拡張して、抹殺する」という独占的ベンダーの試みにGPLが抵抗するためだ、とMicrosoftの批判者らはいう。 [13] もっとも、Microsoftは、GPLでライセンスされたコードをつけた製品 (Microsoft Windows Services for UNIX) を販売したことがある。 また、Microsoftの主任研究戦略長Craig Mundieは、派生的著作物がGPLの下でライセンスされなければならないことをもって、GPLを「ウイルス的」とコメントする。 [14] もっとも、アメリカ合衆国著作権法においても、日本国著作権法においても、原著作物の著作権者は、派生的著作物(又は二次的著作物)に対して著作権行使をすることができるのは当然の前提なのだが、ソフトウェアが著作権の対象になるように法制度が確立する前は、改変したプログラムに対する権利の範囲等が不明確であったこともあり、法の建前を前提として議論がされていない側面がある。 動的リンクの取扱い派生的著作物の取扱いとの関連で、GPLのライブラリーをGPLでないプログラムと動的にリンクできるか否かという議論がある。 GPLにされたコードからの派生的著作物は、GPLでなければならない、と明白に要求されている。しかしながら、GPLのライブラリに動的にリンクした実行形式が派生した著作物と考えられるのかどうかは、明白ではない。FSFはそのような実行形式は派生物だと主張しているが、このような主張に対しては、他の専門家が反対していて、フリー/オープンソースのコミュニティーは割れている。 究極的には、これはGPL自体の問題ではなく、著作権法が派生的著作物をどう定義するか、ということに尽きる。アメリカ合衆国著作権法第101条によれば、著作物の改変・翻案を例にあげたうえで「既存の著作物を基礎とする」ことが派生的著作物の要素となっているため、動的リンクの場合でも既存の著作物を基礎としているのかが問題となり得る。これに対し、日本国著作権法第2条によれば、二次的著作物は原著作物の「翻案」を要素としているため、GPLのライブラリーとGPLでないプログラムが動的にリンクしても、翻案を経ていない以上ライセンス上の問題は生じない。 なお、Galoob対Nintendoの第9回巡回控訴院では派生的著作物を「『形式』または性能」であって「ある形式で著作権のある著作物の一部と協調してうごかなければならない」と定義したが、特にこの対立を解決する明白な法廷判断は出ていない。 GPLの元で頒布すると同時に、派生物を独占的な条件で配布可能にする商用ライセンスを提供するビジネスモデルが存在する。このビジネスモデルを採用する企業では、動的リンクを使う場合でも、商用ライセンスを取得することを求めているのが一般的である。そのような企業・ソフトウェアには、MySQL AB社のMySQL、Trolltech社のQt toolkit、Namesys社のReiserFS、Red Hat社のCygwin等がある。動的リンクでGPLの裏をかいたり、著作権者に法廷で訴えられたときに争ったりする者がないので、この制限は正式 (de jure) にではないにしろ、事実上の (de facto) 強制といえよう。 その他の議論また、GPLが持つ制約とは別の問題として、一部の批判家らは、GPL前文のイデオロギー的な響きが嫌だとか、ライセンスが長過ぎると愚痴をこぼす。いりもしない利用者の自由をひいきするあまりソフトウェア・ビジネス・モデルを制限し過ぎており、もっとましな「落とし所」があるはずだ、という者もいる。これには、ソースやバイナリーの再現 (reproduction) を認めないが、個人や会社での使用で修正の自由を認めるようなライセンス群を含むことがある。こういった変種の一つには、Open Public Licenseがある。 GPLをめぐる訴訟2002年、MySQL ABは、著作権と商標侵害でProgress NuSphereを合衆国 (マサチューセッツ州) の地方法廷に訴えた。NuSphereは、Gemini表型のコードをMySQLサーバにリンクすることでMySQLの著作権を侵害していた。同年2月27日のPatti Saris判事の予備尋問後、当事者らは合意協議に入り、事実上合意した。尋問でSaris判事にはGPLが強制可能にならない理由は「見当たらなかった」。 2003年8月、SCOグループは、GPLに法的有効性がないと信じ、SCO UnixからLinuxカーネルにコピーされたとかいうコード群を法廷でとりあげるつもりだ、と発表した。Caldera OpenLinux配布物件でLinuxなどのGPLになったコードを頒布していて、そうできる法的権利があるという証拠は、GPLの条項以外ほとんどなかったため、これは同社にとって問題の行動だった。SCO-Linux論争とSCO対IBMを参照。 2004年4月、GPL条項違反の申立てでGPLにされたNetfilterの頒布中止をSitecomが拒否した後、netfilter/iptablesプロジェクトは、ミュンヘン地裁からSitecom Germanyに対する差止め予備命令を取得した。同年7月、ドイツ法廷は、この差止めをSitecomへの最終命令と確認した。この裁定にさいしての法廷側根拠は、FSFのエベン・モグレンの予想を正確に反映していた。
GPLの条項違反が著作権法違反になることの、法廷による最初の確認となったため、この裁定は重要だった。とはいえ、本件は、一部で結論付けられたのと同程度に決定的なGPL試験ではない。そうではなくて、法廷は、ライセンス自体が効果をもっているかどうかを、はっきり認めようとしただけだった。 2005年5月、Daniel Wallaceは「GPLは価格を零にしようとする違法な試みである」と主張し、インディアナ州Southern管区でFSFを提訴した。2006年3月、Wallaceが反トラスト主張の法的明言に失敗したため、この申立ては却下された。「GPLは、自由競争やコンピュータのオペレーティング・システム、消費者が直接得られる利益の頒布を邪魔するというより、むしろ促している」と、法廷は言い渡した。[15] Wallaceは、申立て撤回の可能性を否定し、FSFに訴訟費用の支払いを命じられた。 2006年9月6日、gpl-violations.orgプロジェクトは「不適切であり、著作権を侵害している」として、D-LinkのLinuxオペレーティング・システム・カーネル使用のかどで、D-Link Germany GmbHに対し勝訴した ([4])。最終的にこの判決は、GPLが有効で、法的拘束力があり、法廷で支持された、という判例になった。 よくある誤解GPLそのものや、その要求、許可する事項については、GPLに賛同している者でも多くの誤解をしていることがあり、そのことがGPLの議論に関し混乱を招く原因となっている。
GPL自体の著作権GPLの本文自体は、FSFが著作権を持っている。 FSFは、派生したライセンスが無断でGPL全文を使うことがなければ、GPLを元にした新しいライセンスを作ることを許可している。しかし、そういったライセンスは一般に GPLと両立しないので、FSF は推奨していない (詳細は、GPL FAQを参照)。 なお、GNUプロジェクトで作った他のライセンスには、GNU Lesser General Public LicenseとGNU Free Documentation Licenseがある。 脚注
関連項目
外部リンク
GPLv3の公開協議
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