Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 紀年法

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本ノートページは、「ガイドライン」の改正に関わらない個別の紀年、紀年法についての検討・議論の場です。「ガイドライン」についてのご意見はWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 紀年法/ガイドラインにお寄せください。

その他関連記事についてはページ最下部のカテゴリ「ウィキプロジェクト 紀年法」を参照してください。

過去ログ(「ガイドライン草案」提案前の議論)はWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 紀年法/過去ログにあります。

目次

第一段階の作業進行状況

西暦年記事の更新状況はWikipedia:各年のスタイルガイド/作業リストで確認が可能ですが、参加者の方でガイドラインに従った記入を完了された方、チェックを完了された方は、以下にそれぞれ署名の上報告してください。世紀ごとに分けておきますが、書式は必要に応じ書き換えていただいてさしつかえありません。--Novo 2007年6月2日 (土) 12:55 (UTC)

追記:以下に報告されている以外にも、プロジェクト参加者による記入があるようです。--Novo 2008年8月28日 (木) 18:45 (UTC)

  • 紀元前660年
  • 紀元前100年
  • 紀元前1年:記入完了(Novo
  • 1世紀:oxhopさん記入済み
  • 2世紀:oxhopさん記入済み
  • 3世紀:oxhopさん記入済み
  • 4世紀:田英さん記入中→記入完了(田英)
  • 5世紀:438年まで田英さん担当→5世紀全部受け持ちます(田英)
  • 6世紀
  • 7世紀
  • 8世紀
  • 9世紀
  • 10世紀
  • 11世紀
  • 12世紀:Novo記入中→1161年までで休止中(Novo
  • 13世紀:Novo記入中→記入完了(Novo
  • 14世紀:Novo記入中→記入完了(Novo
  • 15世紀:Novo記入中→記入完了(Novo
  • 16世紀:Novo記入中→記入完了(Novo
  • 17世紀:Novo記入中→記入完了(Novo
  • 18世紀:Novo記入中→記入完了(Novo、ただし修正ユリウス日、リリウス日は18世紀以前未記入)
  • 19世紀:Novoさん記入中→1850年まで記入完了(Novo
  • 20世紀
  • 21世紀(2001年 - 2050年2100年

典拠による紀年の不一致

個別紀年について、典拠によって食い違いがあった場合にはここに報告してください。なお、方針としては、「異同のある場合は新しい研究成果を採る(具体的には李崇智《中國歷代年號考》、鄧洪波《東亞歴史年表》)」ことが確認されています。--Novo 2007年6月2日 (土) 12:55 (UTC)

  • 西夏の元号についての不一致が田英さんから報告されています。熙寧と、ノート:天賜礼盛国慶をご参照ください。--Novo 2007年6月2日 (土) 12:55 (UTC)
    • 判明済みの熙寧関連では鄧洪波《東亞歴史年表》に基づく書き換えと、藤島・野上編『東方年表』とを参考文献として明示しました。李崇智《中國歷代年號考》は所有していませんので挙げるのを控えました。--田英 2007年6月7日 (木) 12:11 (UTC)
  • 永康 (柔然)が、464年開始説と466年開始説と併記されており、元号記事内では464年開始の対照表があり、西暦年記事には466年開始説で484年まで書き加えられています。ノート:永康 (柔然)に後続処理についての問合せを書き出しております。--田英 2007年7月8日 (日) 12:10 (UTC)

基準想定外紀年の対処

記入中にガイドラインにない紀年法や、根拠のはっきりしない紀年法を発見し、検討が必要と判断された場合には、ここに報告してください。原則としてガイドラインの規定が優先されますが、ガイドライン改正の検討が必要になる場合もありえます。--Novo 2007年6月2日 (土) 12:55 (UTC)

  • 303年:田英さん対処済み。--Novo 2007年6月2日 (土) 12:55 (UTC)
  • 1711年:琉球国王在位紀年の記載があり、コメントアウトしました。明らかな誤りは削除、訂正し、それ以外はコメントアウトした上で、必要があればガイドライン改正を提案するか、または提案を待つという対応でいいのではないかと思います。--Novo 2007年6月16日 (土) 06:33 (UTC)

個別年記事についての提案

西暦年記事「他の紀年法」節の個別内容について変更の提案や疑問点がある方は、こちらに問題提起をお願いします。場合によっては該当する紀年法、王朝、君主、元号などの個別記事のノートで検討していただくこともありえます。--Novo 2007年6月2日 (土) 12:55 (UTC)

  • ノート:永昌 (李自成)で、この元号を私年号と見なすか、崇禎を継ぐ正統年号と見なすかについて議論が行われています。コメントをいただければ幸いです。--Novo 2007年7月28日 (土) 07:02 (UTC)
    • (報告)議論は私年号とみなすということで妥結を見ましたが、合意形成後も一部議論参加者による一方的編集があり、様子見の状況です。--Novo 2008年8月28日 (木) 18:39 (UTC)
      • 横から失礼いたします。上記Novo氏のコメントと関連してですが、template:中国の歴史でまた同様の一方的な編集がなされ、私もノートで反論しているところですが、投げかけられた質問には全て答えようとせず、私のコメントも飛躍した解釈をしたり、一方的に「東洋史の知識が不足している」などと決め付けたり、相変わらずの態度です。しまいには議論さえも行われていないことまで「合意の結果の編集」などと言い始める始末です。結局永昌のノートでの合意もその場だの口先だけだったとしか思えないような状況になっています。--202.211.128.147 2008年10月12日 (日) 00:45 (UTC)
  • 南詔及び大理国の元号については、異説があり、また元年、末年を確定できないケースも多く、西暦年記事への記入が難しいのですが、鄧洪波の年表に基づき、年次のない部分については年次を書かず元号のみを書いて「?」をつける、という方針で対処したいと思います。西夏及び西遼の元号にも異説がありますが、元号記事に異同を記入した上で、西暦年記事では「?」をつけた上で暫定的に鄧洪波年表に従いたいと思います。ご意見があればお寄せください。--Novo 2007年11月3日 (土) 14:10 (UTC)

旧12月改元の記入について

旧12月に改元があった場合、太陽暦では次年の年始以降にずれ込んでいるケース(たとえば1593年文禄改元及びベトナム莫朝の宝定康佑1645年正保改元)があります。将来は暦日も記入する方針なので、こういう場合、私は元号記事のほうに注記をした上で、西暦年記事では次年の方に書き込んでいますが、現状では暦日が明示されていないので、閲覧者に分かりにくいところがあるかなあという気もしています。通常の年表のように前年のほうに書き込んだほうがいいか、ご意見があればお聞かせください。--Novo 2007年6月27日 (水) 10:27 (UTC)

私年号について

ベトナムの元号において、YonoemonさんというユーザーがCategory:私年号を作成されています。ベトナムや渤海など中国以外の私年号の扱い方のガイドラインが一目で見て取れなかったので、放置しています。何らかの対応をとる必要があると考えられます。--小川尚明 2007年6月11日 (月) 13:25 (UTC)

ガイドラインではベトナム、朝鮮の元号、及び分類に複数の解釈がある元号で正統王朝以外の勢力が立てたものはすべてCategory:私年号(現状で未作成)に入れることになっております。記事ごとの個別の検討は必要かと思いますが、全体の方針としてはそのままでよいと思います。--Novo 2007年6月11日 (月) 15:24 (UTC)
了解しました。お手数をおかけしました。--小川尚明 2007年6月16日 (土) 03:32 (UTC)

Template:和暦 いちおう完成のお知らせ

和暦を簡易に表記するためのテンプレート「Template:和暦」が、いちおう完成しました。このテンプレートは、「{{和暦|2003}}」と西暦年を記入することで、「2003年(平成15年)」のように表示されるものです。唐棣色さんが作り始めて、私が645年(大化元年)から1867年(慶応3年)まで追加しました。詳しい使用法はTemplate:和暦へ。ご意見、不具合等ございましたら、Template‐ノート:和暦まで。--Digesto 2008年6月7日 (土) 08:03 (UTC)

文明19年閏2月

文明 (日本)の和暦西暦対照表について、ご意見をいただければと思います。

実隆公記の同年の日記には、文明19年は閏11月(改元されて長享元年となっています)の記述があり、閏2月は存在しなかったように思われます。換暦でも、ユリウス歴1487年3月24日は文明19年2月29日に、同25日は3月1日になっており、閏2月は確認できませんでした(同サイトでも長享元年閏11月が変換可能になっています)。

記述の誤りであろうことは間違いないのですが、他の元号記事にも同様の誤りが含まれている可能性があります。この部分を追記したのがログインユーザーでしたので、「閏2月」に対する出典を求めることが困難なのですが、どのようにすればよろしいでしょうか。--Tamago915 2008年7月22日 (火) 23:16 (UTC)

私もその対照表の記入については気になっていたのですが、日本の元号記事はこのプロジェクトの直接の対応範囲に含めていなかったのできちんとチェックしていませんでした。私の手元の資料でも閏11月が正しいと思います。IPユーザーで出典を求めることが困難であれば、こちらが出典を明記して個別に間違いを訂正していくしかないと思います。--Novo 2008年7月23日 (水) 15:15 (UTC)
閏月や大小月については事実の記述ですので、ここに出典を求めるのは変な話ですね。ただ、明らかな誤りと思えるものに対しては、単に訂正するか、出典を要求するかの選択があると思われます。今回は記述した当人が非ログインユーザーであることもあり、単に訂正で仕方ないとは思いますが、ほかのところはどうしましょうか。一斉にチェックするのか、気がついたときに適宜修正でよいか、ですが。--Tamago915 2008年7月23日 (水) 23:11 (UTC)
未確認ですが、対照表はぜんぶ(おそらくはひとりの)IPユーザーが比較的短い期間に記入したものと理解しています。この記事に限らず、編集はすべてボランタリーなものですから、一斉であれ気がついたときであれ、興味のある人がチェックして、誤りを見つけたら直していくしかないのではないでしょうか(ここで分担者を募ることはできると思います)。または、くだんのIPユーザー氏の編集全体を信用性に欠けると判断して、いったん全部除去またはコメントアウトするという(やや乱暴な)選択肢もないではないと思います。全部を除去すれば、IPユーザー氏がまた出現して、議論や出典提示に応じてくれる可能性が高まるとも考えられます。--Novo 2008年7月24日 (木) 09:02 (UTC)
いちばん気にしているところ(「一斉であれ気がついたときであれ」のどちらにするか)が受け流されてしまったのですが、今更慌ててコストをかける意味も少ないですし、気づいたときに気づいた人が修正するというのでよいかと思います。性格正確であれば有用な情報ですし、除去にはいたらないでしょう。--Tamago915 2008年7月24日 (木) 15:33 (UTC)
あ、なるほどすみませんでした。気がついたときよりも一斉のほうが正確さが増すので望ましいですが、ひとりだけでやりきるのはたいへんではないかなと感じます。チームを組むとすると、共通の出典を踏まえるべきです(一応Wikipedia:ウィキプロジェクト 紀年法/ガイドライン#暦日に挙げてあります)が、皆が手元に共通の出典を持つのは難しいので、合意形成に時間がかかるのではないか、それなら個別に直していくしかないかなと思っていました。なお、旧暦の暦日は、日本については比較的研究が進んでいるようですが、中国との差異など細かいところで難しい議論があるようなので、知識のない私は具体的な記入には立ち入らないようにしようと思っています。--Novo 2008年7月25日 (金) 04:15 (UTC)
私も、個別の対応でよいと思います。とりあえず、今回気づいた文明 (日本)長享は修正しました。--Tamago915 2008年7月25日 (金) 23:20 (UTC)
横槍になってしまう非礼をお詫びしておきます。今回の場合、誤りである可能性の方が高そうですが、『日本暦日原典』を作成された内田正男さんも同書内にて全ての期日が確定するまでには未だ不十分で更に時間がかかるとおっしゃっています。更に室町後期になると、例えば古河公方が改元を否認して享徳元号を長期にわたって使用した例をはじめ、地方と中央の暦の間で閏月の配置や月の大小が違ったりする場合もあります。更に宣徳暦時代には御暦奏の儀が終わった(本来はこれによって来年の暦が確定する)後で物言いがついて改暦(この場合は閏月などの変更)が行われる場合もあり、この場合の宣旨などは現存していない場合も多いために、暦として伝わっている日付の配置と実際の日付の配置が違っていても分からない可能性があるという信じられない事例(というより、最早地雷か?)も存在するために研究されている方も苦労されているようです。従って、個別に対応していく以外には方法がないのではと思われます。--水野白楓 2008年8月31日 (日) 11:13 (UTC)

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